記念日。
父の法要や行政手続きがようやく一段落し、個人的なお祝いごとでディナーを食べに行き、友人と会い、旅行に行き、そういう毎日を再開しました。そして気がついたらもう年の瀬になっていました。もっと個人ブログを更新しておこうと思ったのに、何だかな。
持ち物の整理や、家の片付けや、家事のシステム作りや、時間の割り振りや、趣味に使う予算の割り振りや、そういったことをずっとああだこうだとひねくりまわしていたのですが、結局のところ、自分が「限りある器の中に、限りない中身を無理矢理詰め込もうとしている」という結論にしかたどりつきません。
それでも昔に比べたら、ずいぶん色々なことをあきらめ、色々なことを手放し、色々なことがどうでもよくなり、詰め込もうとしているものは相当に減ったはずなのですが、それでも「10入る器に、11種類のものを1.1ずつ詰めようとする」みたいなことをやっていて、我に返ると「入る訳ないだろう……」と自分にあきれています。
(ただ自分の書きたいことを)書くこと、本を読むこと、FF11と他の少しのゲームを遊ぶこと、軽鴨の君と暮らすこと、友人や家族と時間を共にすること、お茶とチョコレートと焼き菓子を味わうこと、米と豆と野菜とお魚と発酵食品を食べること、健康と地球環境を守ること、ゆっくり眠ること、よい香りを感じること、美しい色を目に入れること。
私が人生で追い求めることは、たぶんこれでほとんど尽くせていると思うのですが、逆にこれらがひとつでも欠けるとやっていけないし、このひとつひとつに要求している内容がとても贅沢なもので、それなのに自分の体力や気力は限界があって、全てを満たす「アタリ判定」が針の穴になっている気がします。
結局、もっともっと厳密に入れるものを絞り込んで減らすしかないんだろうなぁとは思うのですが。
やりたいことをやりきれそうにない、という事実に謙虚になって、それでもやることを、身を切るような思いをしても選んでいく必要があるのでしょう。
もしかしたら、冷たい水で泳ぐ時のように、最初はそれが身を切られるように感じても、次第に「こちらの方が本当に魂が求めていることだった」と気付いてつらくはなくなる……のかも、知れませんし。
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